被災〜天壇縞の物語

お疲れ様です。omoto-boyです。

萬年青名品集 第2集より
熊本県 S氏の作品

昨年、とある超大物の品種が市場に復帰しました。
その品種は「天壇」の縞です。
ご存知でしょうか?
昔から万年青をやっている方は憧れの的だったと聞いているので知っていると思いますが、最近万年青を始めた方はあまり馴染みがないかもしれません。

昨年「天壇」の縞が商いに至ったお話を書いていこうと思います。



台風19号被災〜上野へ

2019年の10月13日、当園のある長野市も台風19号「ハギビス」により被災しました。
強い雨が降りつづき、夕方頃にはジョークのつもりで「赤沼が沈没する前に帰ります。」と言い残して帰路につきました。
夜中1時過ぎ、当園のすぐ近くの穂保で堤防越水との知らせがあり、慌てて園に向かい、預かり品や高級品を中心に箱詰めして車で避難しました。

朝方4時頃には堤防決壊の恐れとの速報...
朝のニュースでは見慣れた場所が濁流に飲み込まれている映像が流れていました。
家族は全員避難したため身内の人的被害がないことは分かっていましたが、残してきた万年青のことを考えると心が落ち着きません。


堤防決壊の初日はどこを迂回しても園には辿り着けず、2日目にようやく腰まで水に浸かりながら辿り着いたところ、実家の中も温室内も大変なことになっていました。

あるはずの場所に棚がない...
棚の上に棚が乗っかっている...
温室内には膝まで水が溜まっている...
天窓が割れている...いったいどこまで水が上がったんだ!?


車で辿り着けるようになったのは被災から3日目、本格的な復興作業に取り掛かりました。

その週の週末、東京で東洋蘭の展示即売会に参加する予定をしていました。
キャンセルも考えましたが、このまま商売からフェードアウトしたら終わってしまう!!という強烈な不安...
ボランティアに来てくださる方々がいるので園主は復興作業から外れる訳にはいかず、自分が何とかしなければ!という使命感から、被災者としては非常識な行動だとは認識しながらも、あるもので商売しようと決意し、無事だった万年青を根巻きにして参加することを決めました。

復興作業のお手伝いに来てくださっている会員の方、同業者の方まで毎日足を運んでくださり、大変申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、「儲けが出るまで帰ってくるなよ!」と笑いながらかけていただいた言葉には感謝しかありません。

即売席はいつもなら鉢植えの万年青を中心に並べるのですが、全てプラ鉢、全て根巻きで対応。

当日は大勢のお客様から激励をいただき、またお引き立てを賜りました。
先代から園主〜私と、田哲園は60年近く、皆様に支えられながら続けてこられたのだと改めて認識しました。

O氏との再会〜H氏のお棚へ

その折、千葉県からO氏も駆けつけてくれました。
以前どこかでお会いした気はしたのですが、はっきりとは思い出せません。
お名前はFacebookで認識していたので聞いてすぐに分かり、「前に登録審査会でお会いしています。Hと一緒にいました。」と言われて、以前、登録審査会でのH氏のプレゼン風景と挨拶をした時の映像がすぐに頭に浮かびました。

Facebookを見て、近くで仕事もあったのでH氏からのメッセージを伝えに来たとのことで「万年青屋が万年青を失ったら終わってしまう。勝負をかけるつもりなら歓迎します。」とのオファーを頂いたのです。

その後O氏と何度かやり取りをさせていただき、東京出張に合わせてH氏のお棚を訪問。
そこに「天壇」の縞があるという噂は以前から聞いていたので、少し緊張しながらお棚へ入ります。

初めはリラックスした雰囲気の中、「白雪の松(山雅の松)」、「龍巻都の図」の一級品、「聖天の舞」、「琴治」の大臣賞クラスの美術品、「萬邦」の至芸品などが並ぶ崇高な棚風景。
そして、ついに「天壇」の縞とのご対面です。

その正面に立った瞬間...空気が変わった気がしました。
久しく感じていなかった張り詰めた空気の中、「君が本気で勝負をかけたいものがあったら選んでOに伝えなさい。」と一言。

夜間に差し掛かり温室内はやや暗い。
「普段よりもよく見えてしまうから夜に商売をしてはいけない」と教えられているので慎重にとも思いましたが、すぐにこの木だ!と私の目に飛び込んできた若木を手にO氏に「これはどうですか?」と尋ねます。
「直接聞いてみてください。」と言われ、H氏に自分の気持ちを伝えます。

かつて縞で150万近くしていた「天壇」です。
「大物は買い叩いてはいけない」という自分の中でのルールがありますが、相場も考えなくてはなりません。
現在頂点に立つ「壽冠」覆輪の価格を基準として、覆輪が回った時の価格も考え、縞ものの相場として成り立つと思うギリギリの価格を伝えました。

しかし私は勝負をしに来たつもりでしたが、そこに勝負はありませんでした。
H氏は「こちらも台風で被災して大変さは良く分かる。俺はえいちゃん(園主)を助けたいからそれで良い。」と虎の子を渡してくださいました。

同時に「玉姫」「聖天の舞」「萬邦」なども分けていただき帰路につき、家に着いたのは夜中でした。
舞い上がった訳ではありませんが、今まで商売をしてきた中で、初めて「壽冠」や「侘助」の覆輪気を扱った時と同じような興奮がしばらく冷めることはありませんでした。

儲かる儲からないということよりも、市場から消えていたはずの大物を扱えるという幸福感は得も言われぬものがあり、この商売をしていて本当に良かった、と思える瞬間でした。

もちろんこの商いは自分の力ではないことは分かっています。
レールを引いてくださったO氏、純粋に善意で出してくださったH氏、真面目にやってきた園主によってこの商いは成立したと今でも思っています。


翌日、同じく被災したうちの近所のM氏が来て、見て、「よし!入れるか!」とすぐに棚入れされました。

その後、2020年2月に園主も出歩ける状況に落ち着いたので、地元の趣味者の方たちと共にH氏のお棚を再び訪問。
そこで園主がH氏からどちらが早く覆輪を回すか勝負しようと提案をされ、園主が作ることになりました(^^)

エピソード

「万年青にはスター品種がある。今なら天壇だな。」故安達氏 東京支部会報「東雲」より

「全盛期のS園のメンバー内で壽冠、楼蘭とともに次世代を担うと言われていたのが天壇だったよ」S氏

「天壇は地に少し照りがあったしS園では壽冠を軸に商売していこうと思っていたけど、壽冠は全然殖えなかったからね。関東に天壇を殖やすのが上手な人がいたから大商いといえば天壇だったよ。」NS園S氏

来歴

昭和49年、愛知県の杉浦秀男氏が作出。昭和56年、同地の古田勲氏が命名。
登録品の「白塔」と兄弟実生だと言われている。
♂木には「青龍」が使われていると思われ、それを象徴する紺性の深さ、やや照りのある地肌をしている。線は直線的で、葉の縁がすっきりとした丸葉を繰り出し、雅糸竜の中に玉竜を現すのが特徴。

天壇の見本木

千葉県 H氏の所有 撮影2020年

長野県 M氏所有の天壇 撮影2020年
雅糸竜の中に玉竜も現してきた 

以前園主が扱った天壇
現在は枯死

山形県 F氏の天壇 撮影2013年

コメント